あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

国語

なぜ古典を学ぶのか(3)

ip-honpo.hatenablog.jp ip-honpo.hatenablog.jp つづきつづき。 さて、古典を原文で学ぶことにどういう意義があるか。 まず第一に、「現代語訳は仮初の姿」にすぎないという点が挙げられるだろう。 『源氏物語』「夕顔か」から一節引いてみよう。 夕暮れの…

なぜ古典を学ぶのか(2)

ip-honpo.hatenablog.jp つづき。 日本的な感性とは何だろう。 イメージするのは、「わびさび」であるとか、四季を言葉でなく身体そのもので感じ取るとかであろう。自然に対する向かい合い方が西洋だけでなく東洋の他の地域とも違うという感触がある。 古典…

なぜ古典を学ぶのか(1)

考えがまとまらないまま垂れ流しをする。読みにくい文章になると思うので、どうかあらかじめご了承願いたい。 なお、学習指導要領は小中高と一通り目通しはしてある(量が量だけに細部まで覚えきれてはいないので、言及する際はちょいちょい確認しつつ)。 …

大学入学後にも生きる国語指導について小考

大学受験は入試を突破することが目的ではない。 入試を突破したあと、また入学したあとが問題なのであって、とかく我々の業界は目標を矮小化してしまうきらいがある(それを正当化する人も多い)。生徒が入試を突破するために利用するのが我々の存在であるの…

要約指導の入口

文章の要約をするという指導を全国各地の生徒に課している。 この指導はけっこう難しい。 まず、生徒自身が自分なりに取り組んで提出する、というステップが必須である。当たり前といえば当たり前なのであるが、これがなかなか根気のいることだ。 まず、文章…

古典文法の学習【余談】

高校1年生ではぼちぼち用言を学習して頭に詰め込んでいるタイミングであろうか。学校によって差がありすぎて一概に言い切れないのだが、あいぴー基準で言うと、用言の7~8割は高1の5月までにだいたい分かっていてもらえると幸いである。 この学習タイミング…

他者目線の意識

その生徒の学習段階にもよるが、添削する際に強調するポイントとして「他者の目線を意識する」というものがある。 これは、トメ・ハネ・ハライがどうのこうの、掛け算の順番がどうのこうのという矮小な話ではなく、「この文章(答案)を読む人間がどう汲み取…

現代文を学ぶにあたって

現代文という科目は何をどう勉強したらいいのかという質問は毎年数多いのだが、机に向かって文章に向き合う前段階の意識について書いておきたいと思う。なお、これは現代文に限らず、すべての科目の土台であると私が考えている内容である。 我々の日常は疑問…

国語の指導で意識をすること

国語という教科で指導をする上で、生徒にどういう力を身につけてもらいたいか。 受験指導という面で見れば、それは「問題が解ける」というところに重点を置くのが一般的なのであろう。読んで分かって解いて点数が取れればよいという考え方。 この考え方自体…