あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

学生講師を鍛えるということ

学生講師を鍛える、というのは、立場上フリーになった今でも考えることであり、先々に自分のハコを作った際にもやりたいことの一つである。

自分が学生の頃に鍛えてもらった、という先達への感謝への気持ちを次の世代に返していくというのが第一なのだが、若い人の成長に関わる、というのはやはり職業病のごとく気持ちのいいものである。生徒の学力を上げて受験を突破、というのとは全く違うベクトルの鍛えがあって、これはこれで楽しいものである。

 

学生はとにかく大学での学問に励んだり、スキルアップをしたりというのを第一にしてほしく、また大学生であるが故にできる遊び、というのも存分にやっておいてほしいもの。その上で、学費なり小遣いなりを稼ぐ場においては、今後社会に出ていく上でまぁまぁ役に立つ能力を高めてもらえればいいかな、という具合だ。

 

学生講師にはだいたい仕事をぶん投げつつ細かいところでイライラしながら(←短気)も接する上で気をつけていたことがあって、それは「気を利かせられる」「受け手の気持ちを察する」という2点への意識付けである。

「気を利かせられる」のは色々と人の間でやっていく上では大切な力である。目ざとくビールの減りをキャッチして注いで回る、というものではなく、私の使っている意味で換言するのであれば、将棋棋士の故原田泰夫九段が提言した「三手の読み」がしっくりくるだろうか。自分や他者の行動を観察し、次はこうなる、だから次はこうするというのを考えた上で動く、という感じである。塾の現場での例を挙げると、講師1名に対して生徒2名の個別指導であれば、どちらかの生徒の対応に手間取った際にもう1名の生徒が手持ち無沙汰になることが往々にして発生する。生徒の姿勢が出来上がっていない段階であれば、目を開けたまま瞑想したり、眠り始めたりする状況が起こる。こうならないように、その時々の状況を見て考えて、そのようにならないよう次の手を打っておく、という具合である。これは無論就職後でも役に立つ「頭の働かせ方」であり、人生全般に活用できる能力である。

「受け手の気持ちを察する」というのは読んで字のごとくである。自分が書いた文章や作ったもの(講師の場合は保護者向けの報告書など)に対して、読み手がどう受け取るかを考えて気を配っておく、というものである。唯我独尊で突っ走る人生であれば別に気を配らなくてもよいのだが、仕事を円滑に回したり、人間関係で余計な衝突を避けたり、という具合には仕える能力だと思う。これは生徒への教科指導にも常日頃使っているものであり、添削依頼時の写真の撮り方、字の濃さや大きさを含めた丁寧さ、記述における読み手への配慮など、雑に見えて細かく考えてやっているのである。

 

ただ、上記2点については「行き過ぎ」も気をつけたいところである。神経質な人は考えすぎて精神が潰れてしまう。私のように「霜ばしら(仙台の銘菓)」レベルで繊細などなおさらである。神経を使って欲しいところと使わなくてもいいなというところをどう按分するかなども気を配っておきたいところである。

 

なお、学生講師はアルバイトであって、第一に求めるのは授業を円滑に進めてもらうことであることは言うまでもない。注記しておくと、私の運営下では余計な残業などもほぼ発生していない。ここまでの内容は私が講師と接する上で考えているだけのことである。

 

今後、学生講師に依存して教室を回していくスタイルは滅びていくだろうと思われる。事実、私の学生の頃と比して、労働条件はマシになっているものの(昔の名残みたいな塾もまだ聞いた感じ方々にあるらしいが)、学生が選ぶアルバイトとしては魅力が落ちてきている感が否めない。昔は時間外手当など出すこともなく、ただ学生の熱意に依存した教室運営がそこかしこで行われていたが(私が学生の頃働いていた教室も典型)、そういう時代でもないし、そもそもいかに小規模な会社であれ法律無視は許されるものではない。学生が忙しくなっているのもある。朝一でパチンコ行って昼カラオケで徹夜で麻雀していても単位が取れます、というのは今や遠い昔の話である。塾でのアルバイトは、場所にはよるものの割に合わない感が強くなっているようだ。

ただし、いいところでうまく働いてもらえれば、短時間高時給で自分の能力をさらに高められる「いいアルバイト」でもある。そういう場を今後形成するのも、私の使命の一つであろう。

 

次回は、学生講師がいることによる塾のメリットとデメリットについて考察してみる。私個人は生徒や保護者にも、デメリットよりはメリットが多いと思っているのだが、それは塾の形態や目標によっても異なってくる。ここでは、プロが教えねばならない進学塾や発達障害学習障害の児童生徒対応の塾は除き、ごくごく平均やそれより下の成績帯の生徒が主になっている塾を例に挙げていきたい。