あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

学生講師にいてほしい理由1

ところで、私は「学生講師を起用するのは反対派」だと思われていたらしい。そういう考え方を持っているのであれば学生講師を主軸に置くような個別指導塾では働かないのだが……。

そう思われていた理由として考えられるのは以下の2点だろう。

 

 

1.自分で授業したがってるから学生の教務力を信用していないんだろう(謎理論)

 

別に授業をしたくてしていたわけでもないのだが(運営上必要だからやっていただけ)、それが学生講師の指導力が弱いと軽視しているように映ったよう。

はっきり言っておきたいのは、学生だから専業だから、正社員だからアルバイトだからというのは生徒を指導する上での能力の高低差を表すものではないということ。専業正社員の塾講師が全員優秀で責任感を高く持っているかというと、これはかなり疑問符がつく(←だいぶオブラートに包んだ表現)。優秀な学生は授業させてもカリキュラムを作らせても、そこそこいい感じでできる。実際の話、やり手の予備校講師の方々は学生講師の頃でもぶっちぎりの能力を発揮していたと思うし、私のようなうんこレベルでも1年目から教室のエースである。

教え子の現在大学生で塾講師のアルバイトをやっている子が何人かいる。講師としてのレベルは中途半端な社員や社会人講師よりよほど高い。私が直接指導するにおいて何をどう考えてどう教えているのか、というものが染み付いているため、長期・短期のプラン組みや教科の細かい部分などもまあまあうまくやれる。英語であれば前置詞句の扱いやら冠詞の扱いやらを知っている上でどう中学生に落とし込むかというのを真剣に考えられるし、辞書の読み方も話せる。2次関数の場合分けや確率でPだかCだかを使う前段階にどう根っこを作るかなどもよくやれたりするものだ。

もう一例。通称「バトー」と呼ばれる、私の前職のときの学生講師がいたのだが、まあこれも優秀だし責任感も強かった。根を鍛えるということを意識できていたし、技術的には当人が悩むことも多かったと思うが、あの水準で教えられてなお悩むという向上心の強さ、責任感のあり方はそうそう真似できるものではない。正直雇用した直後は普通かなというレベルであったが、1年ちょっとくらいで欠かせない戦力となっていたのは間違いないところである。成長率が高かった。

 

で、私が学生講師に働いてほしい理由の1つがこれなのである。彼ら彼女らは成長率が高い。当然、社会に出たあとでも向上心を持ち成長を続けていくのが理想ではあるが、人間そううまくはいかない。人生守りに入っていけば成長は鈍化するものでもあるし、そうでなくても社会人になるとなかなか精神的停滞から抜け出せないこともあるだろう(昔の私がそうである)。

大学生の期間というのは成長率が半端なく高い(はずである)。特に、中高で学習姿勢を身につけた上で大学に入ったら、学問的なものを面白く感じ始める。教え子から先日、「大学で学ぶことが楽しくてしょうがない」と報告されたが、受験勉強から開放されて好きなことを学び始めると、頭の良し悪しに限らず指数関数的に成長していくのである。

プロのプロたるレベルの指導力に加えて、このような爆発的な成長力を持った学生がいる。こういう空間は場の力が強くなる。おっさんおばさんだけでなく、目の前に直近の理想的な存在がいる、というのは生徒に与える影響は大きいと経験上感じている。

 

優秀な学生を雇えるかどうかというのは別の話ではあるのだが(私とてすべてが良かったというわけでもない)、雇った学生を鍛えていくのもまた大人としての仕事の一つとして考えたいものである。

 

 

2点目を書こうとしたら字数がそれなりになってしまったので、次の記事に譲ることとする。