あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

勉強の意義

「なぜ勉強するのか?」というテーマが最近塾の人たちの間で話題らしい。

 

こういうのはそれぞれにご意見があるもので、それぞれの場で生徒に伝えてあげればよいのではないか。また、伝えるだけでなく、生徒が自身で考えていけるようにすれば十分ではないだろうか。こうだというものを自分で持つのが大切。

 

 

さて、私のテーマは「人生をハッピーに」である。

勉強をするのはそのいち手段という位置づけにしている。

 

文章をきちんと読めるようにする。

これでモノを知らずに損をすることは減る。変なのに騙されることも減る。自分が直接経験できない世の中の酸いも甘いも触れて吸収できるようになる。最近私が感じるのは、医者の言うことを言うとおりに理解する能力って大事だなという点で、そのへんもこのあたりの能力は大事だ。

 

数字を扱えるようにする。

資本主義経済は数字を扱えるのが大事だ。将来に備えて積立をしなきゃなんてときにも、数字をどう見てどう扱うかは大事になる。お金はなくても楽しく生きられるが、あるに越したことはない。数字に強い、というだけでもだいぶ生きる道筋は違ってくる。

 

他言語を扱えるようにする。

いざとなれば日本を飛び出せる。少なくともそういう気持ちを持てる。日本はいい国だが、将来どうなるかは分からない。生きる環境のオプションは広ければ広いほどよい。

 

学歴を手に入れる。

日本は学歴社会が終わったのかといえばそんなことはない。そりゃあ飛び抜けて優秀な人間なら学歴などクソくらえで生きていけるだろうが、私も含め、多くの凡人は持っておくと特に悩み多き20代のうちは結構助けになるというか、防波堤になることが多い。ほとんどの人は防波堤になっていることにも気づかないのだが、色々見てるとそういう一定の働きを持っていると思う。

 

他にも色々と考えるところはある。ハッピーに生きるには、自分が幸せであると感じる状態に自分を持っていくことが必要で、これはもう個々人がどう考えるか、どう感じるかの問題だ。

世界は混迷しており、日本も現状では決して順風満帆ではないだろう。そういう中で幸せ状態を手繰り寄せるには、色々なオプションを持っていたほうがいいのでは?ということだ。自分の学習能力を高めるのも大事、多くの経験値を積むのも大事、学歴を得ておくのもまぁ悪いことではない。

 

勉強だけでなく運動も文化もともっともらしいことを言う大人は多いのだが、勉強というのはそういうのも含めて自分を幸せに近づけるものと認識しておけば、いちいちあれこれ区分けしなくていいし、すべてがその子にとって糧になっていくのである。

キャッチボールもしたらいいし、柔道もやったらいいし、映画もたくさん見たらいい、マンガもたくさん読んだらいい。乳幼児の時期から立体で遊んだり、Eテレを見たり、絵を描いてみたり。

 

 

ということで、今から夕食を作るのである。

私にとってはこれもまた勉強の一端。

料理をすることは小中学生の頭をよくする上でも結構役立つと思っているので、そのあたりのこともいずれは書きたい。