あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

自分で頭を働かせる

大学受験で相応の難易度が高いところに合格しようと思ったら、自分で勉強できる力は必須である。殊更取り上げるまでもない。

どれだけ「いい授業」を受けても、どれだけ「いい指導者」に恵まれていても、自分で頭を働かせて取り組まなければ結果には繋がらない。

 

これが最初からできる高校生であれば、それこそ動画授業だけでも十分であるが、世の中はそう簡単ではない。中高生くらいの年齢だと、「自分で頭を働かせる」という行為がどこまでできるか、個人差が大きい。そして、ほとんどの生徒(特に塾を選んで来る生徒)は相応の志望進路を選び取る上ではこの力が足りないことが多い。

 

この力をつけていく上でどういう鍛錬をしていくか、というのは別稿でつらつら書きたい。

 

塾の役割として、大学受験に向かう指導においては、講師にスキルや知識があることは当然のこととして(この点についてもまあ言いたいことは山ほどあるが)、この点の成長に目を向けているかどうかが大切なのではないかと確信に近い思いを抱いている。

高校生と一括りにしても千差万別。「自分で頭を働かせる」ということが著しく苦手な生徒も多くいる。こういう生徒が少しでもその力を伸ばし、どこの大学に入ったとしても(ある程度の力が身につけばそれなりにしっかりやれる大学には進学すると思うが)、その先で頑張れるように鍛えるというのが受験を含めた指導として重要だと思う。

 

外向けには大学の名前が強いアピールになるかもしれない。

だが、せっかく学校以外の場にわざわざ通う(金銭の問題というよりも短い青春の時間を割いて使うこと)のであるから、どこからどこまで伸ばせるのか、せっかくなのだから本人の努力だけでは難しいレベルまで成長を促せるようにするのが本懐ではないだろうか。

もともとできる子が稼いだ進学実績なのか(それは本来的な「実績」なのかは疑問だが)、その塾で力をつけた結果としてのものなのか外から見ただけでは分からないし、生徒当人も分からないだろうし、指導する人間が勝手に思っていたら傲慢さが滲み出るような気もするし、結局のところは「そのレベルの受験生がいるかどうか」くらいの指標かな、くらいで思っている次第である。

「自分で頭を働かせる」ことができるように、というのが指導のミソだと思う。