あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

攻撃的なものは見ない

本日学んだこと。

「洗濯機の洗浄剤は高いのを買え」

全然取れ具合が違う。増えるワカメ製造機と化している。現在3回目の洗い→すすぎ中だが、まだまだワカメが大量に発生している。いつ終わるのか。

今までの安いやつはダメじゃ!全然落ちてなかったということ!

 

 

さて、Twitterを離れて1日なのだが、実は離れるちょっと前にフォローする人を減らしている。

ちょうど精神的に疲れが出てきていたタイミングで、攻撃的なツイートを目にするのが厳しかった時である。

 

人はなにかに怒りを覚えるものだ。その怒りが発露するのは個人の自由なので、攻撃的なツイートをするのが悪いわけではない。その時に私の状態と折り合いがつかなかった、というだけである。

もっとも、常にネチネチとなにか(だれか)を攻撃しているようなものは見ていて気分のいいものではない。かなり長期にわたって、私の尊敬する先生に対して間接的にネチネチ難癖をつけるような(しかも外から見る限りでは的を得ていない)ツイートが続いていた件もあって、ちょっと限界を感じたのである。

 

負の力は人を引き付ける。その強さはしばしば正の力よりも強くなる。なにかふとしたきっかけで陰鬱に引きずり込まれる。そう、アナキンのように……。

古典を学ぶ話の中で言葉の大切さについて述べたのだが、言葉の力というのはバカにならない。自分が危ないな、というときは、あまり負のオーラを出す言葉には近づかないほうが賢明である。私も勤務時代にヤバかった時はツイート全体が負のオーラを出していたはずなので、その時期やはりリムーブされることが多かった。

 

ま、そんなものである。

 

明日は学生講師に求める話、数学編かな。