あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

生活習慣を主とした実用指導における塾の役割

昨日書いた「勉強の競技性」とは違って、これは主として学校や家庭内での領域と思われているのが、生活習慣を整えること、日常的な所作を洗練させていくこと、将来実際に役に立つ実力・技術・習慣を身につけることである。

たとえば、「時間を守ること」「挨拶をすること」「座っているときの姿勢」「提出物の精度と期限厳守」といった面や、「目上の人間との話し方」「書類の渡し方」「使ったものを片付ける」といったような点である。

 

こういうのは塾でどうこうするものではない、という意見はあろうし、それはそれで正しい。あくまでも受験突破、すなわち先日述べた「競技性」の部分に特化するというのはむしろ本分を考えれば普通である。実際、高学力層の生徒が集まる塾ではその部分への特化で十分である。

 

私がこういうことを考えるようになった、というよりも、塾という場でそのような面を強く指導するようになったのはいつ頃からだろうか。とにかく、うるさいおっさんとしての立場はだいぶ確立されていたことと思う。

競技性と絡むところで言えば、高校受験は内申点というものを稼がなければならない。その上で、挨拶ができないとか、提出物をまともに出せないとか、そういうのはどう転んでもプラスになる要素はない。むしろ、この辺りがうまくできるだけで加点要素となりうる(前回と同じく、その善し悪しについて今ここで語るつもりはない。現実問題としてそうであるという話)。そういうお作法、というのも大袈裟であるくらいにはごく普通のこと、これを整えるだけでも変化が生まれてくる。うまくいけば成績がプラスになるかもしれない。

あとは経営的な観点もあるが、これは裏の話だから書かないでおこうか。

 

明日書く予定の内容とも連動するのだが、ごくごく凡人である大多数の人にとっては、基本的なお作法を整えるだけで学力向上、成績向上の端緒になることが往々にしてある。多少そういうのが欠けていても地力で押し通せるような力のある生徒はそれでよいのだが、多くの生徒はまずどこかしらで課題と見られるようなものがあって、学力の伸びも悪く、成績も評価者に良く見られないというのがネックで伸び悩む、というのが現実として往々にあるのである。

 

故に、無連絡の遅刻には厳しく、無断欠席は言語道断、挨拶は相手の目を見る、プリントはファイルにきちんと入れる、消しカスを出したら最後自分で始末してから帰る、といった指導をして、こうるさいおっさんとなるのである。

 

そういうのをガン無視するか、重視するかはそれぞれの塾のスタンスだと思うが、学力的・成績的に振るわないという生徒を引き受けるのであれば、少しはそういう観点で指導を考えてみた方がいいのでは、と私は考えるのである。