あいぴーblog

あいぴーの徒然なるままに

国語・理科・社会

中学生の塾選びでは、数学と英語の需要が多い。

「国語は塾でやるものなの?やってもやらなくても変わらないでしょ?」「理科と社会は暗記でしょ?」というところから、結局のところは数学と英語に寄りがちである。

とはいえ、この辺りはだいぶ人によっても感覚は違う。

 

まず、国語については、きちんと学習できるかどうかで一番違いが出る教科だろう。一定のレベルに達するまでは独学が難しい教科であるが故に、正しく(この正しさは一つではなく色々なやり方があるが、言葉に誠実に向き合うという共通点はある)勉強できるかどうかが鍵になる教科である。

現時点で自分でうまく勉強できないのであれば、塾で学ぶことにはかなり効果が期待できる。

ただし、国語をきちんと指導できる講師がその塾にいることが前提である。この前提が案外難しく、指導のシステム如何では指導しづらいというのもあって、相当に選ぶ時点での吟味が必須である。

 

理科と社会については、単純な暗記科目でないことは最近ようやく広まってきただろうか。ゆとり教育が終わった改訂からだいぶ思考を試されていたが、最近は特にそういう感じになってきた教科である。

暗記するのは第一段階だが、これにもやり方というのがある。たとえば、理科で「玄武岩」を習った時に、「リカちゃんあせってゲロ吐いた」だのなんだのと語呂を当てたりすることもあると思うのだが、玄武岩が黒っぽいというところまで暗記としては求められる。この辺で覚えることが多くて「うえっ」っとなられることが多いのだが、そもそも日本語名で玄武と名付けられている(翻訳されている)のだから、当然黒色に決まっとるやろ、というところから、方角の話や天文学の話、中国の歴史の話にまで枝を広げられる。複合的な要素を噛ませることで記憶に残りやすくする。暗記の技術でもあり、他教科にも好影響が出る、まさしく「賢くなる」勉強の手法である。

次は覚えた知識を活用する段階だが、良くも悪くも、高校受験レベルだと「思考問題のパターン」を大量に刷り込むことで乗り越えてしまえる(最難関レベルは除く)。ただ、それをやってしまうと十中八九大学受験で、さらにその先で苦労するというか無理になってしまうのは目に見えている。この段になると、生徒が発言できない形式の授業ではキツくなってくる。生徒の思考を追い、思考の道筋をつけていく指導が必要になるからである。

 

当然、数学も英語も重要度・緊急度が高い。特に英語は予想通り、教科書改訂でかなり無理がきているようだし、手当をしていかなければならない場面が多々あるし、個人的にはもうイチから仕込み直した方がいいだろう、という状況も多々見てきている。

 

こういうのを踏まえた時に、教科ごとに時間を切ってやっていくのはどうにもなぁという感じになってきている。